体験にいくらまで使っていいか — 金額ではなく「残り回数」から予算を決める
「モノより経験にお金を使うべきだ」という話は、もう十分に読まれています。このサイトにも 経験への投資 vs モノへの投資 と お金より経験を選ぶべき 7 つの理由 の 2 本があります。
けれど、読んだ翌日に支出が変わった人はほとんどいないはずです。
理由ははっきりしています。いくらまで使っていいのかが書かれていないからです。「経験に使え」と言われても、目の前の 12 万円のツアーを申し込んでいいのかどうかは、それだけでは判断できません。
この記事は、その金額の決め方だけを扱います。
「収入の何 %」で決めると、必ず破綻する
体験の予算を決めようとすると、多くの人がまず割合で考えます。手取りの 10%、ボーナスの 3 割。
この方法は 3 つの理由で壊れます。
1. 体験の締切は、収入と無関係に来る。
父親が 68 歳になる年は、自分の年収が下がっても来ます。子供が 12 歳になる年も、転職した年も来ます。割合で決めると、収入が落ちた年に真っ先に削られるのが、いちばん締切の近い項目になります。
2. 割合は「今年いくらか」しか答えない。
体験の多くは、今年の話ではありません。一生に 1 回のものと、毎年やるものと、この 10 年でしかできないものが混ざっています。年間予算という単位だけでは、この 3 つを区別できません。
3. 割合は、体験の希少性を無視する。
年に 12 回行ける食事と、一生に 1 回のオーロラを、同じ「娯楽費」という箱に入れると、必ず回数の多いほうが枠を食います。1 回あたり 5,000 円の食事を月 1 回やめても年 6 万円ですが、その 6 万円は 1 回きりの体験の頭金になり得る額です。
割合で決めるのをやめて、回数で決めます。
体験の予算は、残り回数から決まる
考え方は 1 行です。
1 回あたりの上限 = その体験に一生で払っていい総額 ÷ 一生の残り回数
順序が逆になっているのが要点です。ふつうは「1 回いくらまでか」を先に考えますが、先に決めるのは 残り回数 のほうです。
残り回数は、自分の年齢ではなく 締切を握っている側 で数えます。
| 体験 | 締切を握っているのは | 残り回数の出し方 | 例 |
|---|---|---|---|
| 親との旅行 | 親の健康寿命 | (72.57 − 親の年齢) × 年の実施回数 | 父 67 歳・年 1 回 → 残り 5〜6 回 |
| 子供とのキャンプ | 子供が付き合う年齢 | (12 − 子供の年齢) × 年の実施回数 | 子 8 歳・年 1 回 → 残り 4 回 |
| 体力の要る海外旅行 | 自分の健康寿命 | (72.57 − 自分の年齢) ÷ 実施の間隔 | 35 歳・3 年に 1 回 → 残り 12 回 |
| オーロラ | なし(1 回で完了) | 定義上 1 | 残り 1 回 |
| 近所の外食 | なし | 実質無制限 | — |
健康寿命は男性 72.57 歳・女性 75.45 歳(厚生労働省・2022 年値)。自分や親の残り年数を出すには 人生の残り時間計算機 が使えます。
この表を作ると、直感と逆のことが起きます。
残り回数が少ない体験ほど、1 回に払ってよい額は大きくなる。
父との旅行が残り 5 回しかないなら、一生でそこに 60 万円払うと決めた時点で、1 回あたりの上限は 12 万円です。年 12 回行ける外食に 12 万円は出せませんが、5 回しかないものには出せる。同じ 12 万円でも、判断が変わります。
逆に、毎年できることに大きな額を張る必要はありません。回数が多い体験は、1 回あたりを下げて回数を維持するほうが、合計の満足が大きくなります。
財布を 3 つに分ける
年間予算をひとつの箱で管理すると、上の区別が消えます。3 つに分けます。
1. 反復枠(今年、何度でもできるもの)
外食、日帰り、映画、近場の遠出。ここは 1 回あたりを低く保ち、回数を確保する枠です。生活の満足度を底上げする役割で、大きな記憶は狙いません。年間の実額で管理します。
2. 年代帯枠(この 10 年でしかできないもの)
体力が要る旅、子供の年齢に紐づく体験、親と動ける期間の項目。この枠は年ではなく 10 年で管理します。今年ゼロでも、10 年の合計で見て足りていれば問題ありません。逆に、10 年の合計が足りない見込みなら、今年の反復枠を削ってでもここに寄せます。
年代帯という単位で持つ理由は タイムバケットの作り方 に書いた通りです。1 年という単位では、10 年かけて実行する項目を管理できません。
3. 一度きり枠(一生に 1 回で完了するもの)
オーロラ、フルマラソン、留学、大きな買い替え。ここは 貯めてから使う枠です。反復枠から毎月少額を移して積む。1 回きりなので、上限は「一生でこれに払っていい額」そのものになります。
3 つを分けたうえで、それぞれ別の判断基準を使います。同じ財布に入れると、いちばん頻度の高い反復枠が全部を食います。
1 回あたりの上限を決める 4 つの問い
残り回数から出した上限は、まだ荒い数字です。次の 4 つで補正します。
問い 1: これは金額に比例して良くなる体験か。
宿のグレードのように上げれば良くなるものと、上げてもほぼ変わらないものがあります。後者にお金を足すのは、単に減らしているだけです。
問い 2: 誰と行くか。
同じ体験でも、一緒に行く相手がいると、思い出す回数が増えます。相手側にも記憶が残り、後年その話題が戻ってくるからです。人数が増える体験は、上限を上げてよい側です。
問い 3: 何年ぶん思い出すことになるか。
35 歳で行った旅は、平均で 37 年ぶん思い出せます。65 歳で行けば 7 年です。早い年齢の体験ほど、同じ金額で長く配当を受け取れる。この考え方が『DIE WITH ZERO』の中心にあります(DIE WITH ZERO 完全要約)。
問い 4: 5 年後、この金額を覚えているか。
ほとんどの場合、覚えていません。5 年前の旅行にいくら払ったかを即答できる人は少ない。覚えていない程度の金額差で迷っている時間のほうが高くつきます。
4 つのうち 3 つ以上が「上げてよい」側なら、残り回数から出した上限まで使い切って構いません。
ブレーキは金額ではなく、順序で掛ける
予算を決めた人が次にぶつかるのは、使いすぎではなく 使い切れない ことです。
金額を決めても、いつやるかを決めていない項目は実行されません。お金があっても実行されない。だから、使いすぎを止めたいときも、使い切りたいときも、掛けるべきは金額のブレーキではなく順序のブレーキです。
具体的には、こうします。
- 年代帯枠に入れた項目に、先に日付を入れる(「今年中」ではなく実際の日付)
- 日付が入った項目の合計額を出す
- その合計が年間の枠を超えたら、金額ではなく項目のほうを 1 つ落とす
金額を削って全部やろうとすると、どれも中途半端になり、記憶にも残りません。回数を減らして 1 回あたりを守るほうが、後から効きます。
なお、ここで入れる日付には、金額とは別に「何日必要か」という制約が付きます。日数のほうの枠の作り方は やりたいことを「必要な日数」で仕分ける に分けて書きました。
リストが実行されない構造そのものは バケットリストが続かない 5 つの理由 に、項目が多すぎるときの絞り方は やりたいことが多すぎて時間が足りない に分けて書いてあります。
1 年運用してみて分かった 3 つのこと
自分のリストでは、達成した項目に金額と満足度を並べて記録しています。5 年ぶん貯まって分かったことが 3 つあります。
1. 支出額の順位と、思い出す回数の順位は、ほとんど一致しない。
いちばん高かった旅行が、いちばん思い出される体験ではありませんでした。逆に、ほとんどお金のかかっていない日帰りが、何度も再生されている。金額は満足の予測因子として弱いというのが、記録から出た結論です。
2. 「安くしたこと」を後悔した項目は、ほぼ全部が回数の少ない体験だった。
年に何度もできる体験を安く済ませたことは、一度も後悔していません。後悔が残るのは、残り回数が少ないと分かっていたのに、そのとき節約した項目です。上限を回数から決めるべき理由は、この非対称にあります。
3. 予算を決めた年より、残り回数を数えた年のほうが、実行数が増えた。
金額を決めただけの年は、決めた額の半分も使いませんでした。残り回数を数えて日付を入れた年は、金額の枠を意識しなくても自然に埋まりました。動かすのは金額ではなく回数の可視化です。
今日決める、1 つの数字
全部をやる必要はありません。まず 1 つだけ出してください。
いま自分がやりたい体験のうち、残り回数がいちばん少ないものを 1 つ選び、その残り回数を書く。
親との旅行なら、親の年齢から健康寿命を引いて、年の実施回数を掛ける。子供との体験なら、子供が付き合ってくれる年齢まで。数字は 1 桁になることが多いはずです。
その 1 桁を見てから、1 回あたりにいくらまで払うかを決めます。順序はこれだけです。割合から始めると、この数字は永遠に出てきません。
FAQ
よくある質問
- 結局、収入の何 % を体験に使えばいいのですか?
- この記事は割合では決めないことを主張しています。理由は本文の 3 つにまとめましたが、要点は「体験の締切は収入と無関係に来る」ことです。どうしても目安が要る場合は、割合ではなく今年やると決めた体験の残り回数から積み上げた実額を上限にしてください。積み上げた額が手取りを超えるなら、そこで初めて回数のほうを削ります。
- 貯金がほとんどありません。それでも体験にお金を使うべきですか?
- 生活防衛資金(生活費の 6 か月ぶん程度)ができるまでは、体験の予算はゼロ円でできる項目に限定してください。この記事の方法は「余剰をどこに配分するか」の話であって、余剰を作る前段階には適用できません。ただし、お金がかからない体験でも残り回数は減り続けます。金額ゼロで回数だけ数えておくことには意味があります。
- 高い体験ほど記憶に残るのですか?
- 相関はかなり弱い、というのが 5 年ぶん記録した実感です。金額と満足度を並べて記録すると、支出額の順位と、後から思い出す回数の順位がほとんど一致しないことが分かります。効くのは金額より、誰と行ったか、初めてだったか、そのとき何歳だったかです。詳しくは 思い出の配当を最大化する 7 つの方法 にまとめました。
- 家族がいる場合、予算は誰の基準で決めますか?
- 残り回数を数える対象が変わります。自分の年齢ではなく、いちばん締切の早い人の年齢で数えてください。子供が 8 歳なら「親と行きたがる期間」は数年しか残っていないので、家族旅行の残り回数はそこで決まります。配偶者との金額の擦り合わせ方は ふたりのバケットリストは「お金の不公平」で止まる に書きました。
- 決めた予算を使い切れずに、毎年余ります。
- 予算の問題ではなく順序の問題であることがほとんどです。金額を決めても、いつやるかを決めていない項目はお金があっても実行されません。本文の「ブレーキは金額ではなく順序で掛ける」を読んだうえで、余った年は金額ではなく日付の入れ方を見直してください。使えない心理そのものについては お金を使うのが怖い で扱っています。
- 使いすぎが怖くて、結局いつも安いほうを選んでしまいます。
- 上限を先に決めていないと、判断のたびに「使いすぎかどうか」を考えることになり、疲れて安いほうに倒れます。1 回あたりの上限を先に決めてしまえば、その範囲内での選択には迷いが要りません。この記事の手順は、毎回の判断をなくすためのものです。